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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3773号 判決 1964年6月27日

原告 吉田七郎

右訴訟代理人弁護士 亀甲源蔵

被告 大窪進

右訴訟代理人弁護士 浜田源治郎

主文

別紙物件目録第一記載の土地が原告の所有であることを確認する。

被告は原告に対し同目録第二(一)記載の家屋部分並びに同(二)記載の工作物を収去して同目録第三記載の土地を明け渡し、かつ昭和三四年五月二日から右明渡ずみまで一ヵ月金二五円八五銭の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに給付を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告の抗弁に対する答弁として

一、原告は別紙物件目録第一記載の土地(以下甲地という)を昭和二六年一二月二一日、所有者訴外福島松太郎から買い受けて所有権を取得し、即日所有権移転登記を了した。

二、被告はその隣地品川区東大崎三丁目二四五番三宅地四四坪五合七勺(登記簿上、以下乙地という)の所有者であるところ、被告は昭和二七年ごろ、右乙地上に別紙物件目録第二(一)記載の家屋(以下、本件家屋という)を建築し、その後甲地との境界の表示なりとして同目録第二(二)記載の工作物を設置した。

三、しかし、右甲地と乙地との境界は別紙添付第一図面(イ)(ホ)を結ぶ線であるから、右家屋のうち右目録二(一)記載の部分及び右工作物は、右境界を超えているものであり、被告は右事実を知りながら、あるいは少くとも過失によりそれを知らずに本件甲地に侵入してこれを建設し、これにより同目録第三記載の土地約二坪三合五勺を不法に占有し、原告に対し右土地部分の相当賃料額たる一ヵ月金二五円八五銭の割合による損害を与えている。

四、しかのみならず被告は原告の甲地に対する所有権そのものをも争つている。

五、よつてここに被告との間で本件甲地が原告の所有であることの確認を求めるとともに被告の侵入部分につき家屋並びに工作物の収去土地明渡及び不法占有の後である昭和三四年五月二日から右明渡ずみまで前記割合による損害金の支払を求める。

六、被告主張の権利濫用の抗弁は否認する。原告の本件甲地に関する所有権取得登記は昭和二六年中になされ、被告の本件家屋建築は昭和二七年四月になされたものであるが、これよりさき被告が本件乙地を所有者福島から買い受けたとき、被告は福島に対し被告買受分を約四四坪余として登記することには抗議したというのであるから、おそくとも本件家屋建築の際には、甲地が五〇坪六合として原告名義に登記され、乙地は四四坪余となり、両地の境界が被告主張の線より相当後退すべきものであることを被告は知つていたはずである。

仮に判然とは知らなかつたとしても右のような経緯にもかかわらずその結着もまたず被告の乙地が五〇坪あるものとして、あえて当初の建築予定をおしすすめ、よつて本件甲地の一部をも占有するにいたつたものであるから、かような被告が原告の権利濫用をいうのは不当である。しかも、被告の本件家屋は、その主張の境界線からさえも民法所定の距離をおかずに建築したものであり、甲地に建てた訴外籾山の家屋の通風採光衛生にも害を与えている。原告は被告が本件家屋を建築した直後から被告に対し越境土地明渡を何度も請求し、解決の一方法として昭和三四年には訴外籾山を通じて右越境部分を坪二万五千円で売つてもよいと申入れたのに被告はこれらの交渉になんらの誠意を示さず、昭和二七年以来そのまま使用し占有し続けている被告は乙地の北東側は崖になつており崩壊の危険があり、本件家屋をこの方向に曳くことはできないと主張するが、このことは甲乙両地の分筆前の二四五番地の土地全体が高台にあるため買受け当時からわかつていたもので、原告自身は崖くずれを防止する相当の措置を講じたのに、被告はなんの措置もせず、まんぜんこれを放置したままでおいて、その危険を原告所有の甲地を占有する口実にするのは不当である。被告は本件土地部分を汲取口、勝手口として使用する必要があるというが、必ずしもここでなければならないものではない。要するに被告がその主張のように福島から五〇坪を買い、その旨登記してもらう約束だつたのに同人が不法にも四四坪余分しか登記しなかつたというのであれば、それは被告が福島に対し違約を責める事由とするのは格別、原告の権利を制約する事情となるものではないと述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁及び抗弁として、

一、原告主張事実中原告主張の甲地(その実測面積及び範囲は別として)ついて原告所有名義のその主張のような登記の有すること、その隣地なる乙地(その範囲は別とする)が被告の所有に属し、被告は昭和二七年ごろ右土地上に(本件甲地に侵入していることは別として)本件家屋を建築し、またその後原告主張の工作物を設置したこと、別紙物件目録第三記載の土地部分の賃料相当額が一ヵ月金二五円八五銭であることはいずれも認める。

右甲地が原告の所有であり、実測面積五〇坪八合五勺ありとの事実は否認する。右土地は訴外籾山敏夫の所有に属する。

甲地と乙地との境界が原告主張の線であり、被告の家屋の一部並びに前記工作物が甲地に侵入し、被告が甲地中原告主張の部分を占有していることは否認する。

二、仮に甲地が原告の所有で、被告の家屋の一部及び工作物が甲地に侵入しているとしても、原告の本訴請求は権利の濫用であるから失当である。もともと被告は訴外福島松太郎が二四五番の土地を三個に分筆して売る際に東端の五〇坪を買つたのであるが、福島は被告の買受け地を四四坪余とし、その旨登記しようとしたので、被告は登記前にこれに抗議したにもかかわらず、同人は強引にも右二四五番の三の土地を四四坪余として分筆の上これを被告名義に移転登記してしまつたのである。かような次第で原告自身も甲地と乙地の境界線は奈辺にあるかも決定的には意識せずに今日にいたつているのであり、原告が被告に対し、家屋建築直後に本件土地の明渡を求めた事実はなく昭和三三年一二月にはじめて前記籾山から交渉があつたのみである。そして被告の家屋並びに工作物が本件甲地上にあるとしてもそれはわずか二坪三合五勺にすぎず、原告はその二坪余の土地を利用する必要もないのに被告はこれを本件家屋の敷地としてのほか、勝手口・便所・汲取口としても使用する必要があるのである。そのうえ、乙地の北東側は崖であるからたとえわずかでも本件家屋をこの方向にひいたとしたら崖くずれに会う危険があり、また家をひく費用も多額にのぼるから、ひくにひけないのである。このような事情のもとで原告がそのわずかな土地を回復するため被告に多大の犠牲を強いるのはまさに権利の濫用といわねばならない。籾山が係争部分を坪二万五、〇〇〇円で買つたらどうかと申出た事実はあるが、のちに昭和三四年四月被告より豊島簡易裁判所に申立てた調停は右籾山の非妥協的態度のために不調に終つたという事情がある。

と述べた。

立証≪省略≫

理由

一、その実測面積及び範囲の点を除いて本件甲地が昭和二六年一二月二一日附で所有者福島より原告名義に所有権移転登記のなされていること、被告が右甲地の隣地たる乙地(その範囲は別として)の所有者であり、右土地上甲地に侵入しているかどうかはしばらく別として被告が本件家屋並びに別紙物件目録第二記載の工作物を所有していることは当事者間に争ない。

二、右甲地について原告名義に所有権取得登記の存する事実によればいちおう甲地は原告の所有に属するものであることを推認すべきものであるが、被告は右甲地の真実の所有者は訴外籾山敏夫であつて原告ではないと主張し、原告の所有権を争うので、この点について検討するに、≪証拠省略≫中には右甲地は原告の名義にはなつているが籾山の所有である旨籾山自身がした記載があり、原告本人尋問の結果によれば籾山は原告の姉の夫で、福島からの右土地買受の交渉等一切は籾山がし、右土地の上には籾山名義のアパートが建つており、原告はそれにつき土地使用の対価を得ていないこと、従来被告との交渉等も一切籾山が当つて来たこと、土地買い入れ代金は原告が籾山から借りて支払つたというが、右借入金につき利息の定めはなく一〇年余の今日まだ返済もしてなく、返済についての確たる取りきめもないこと等が認められ、疑わしい点がないではないが、証人籾山の証言及び原告本人尋問の結果によれば、土地の固定資産税は爾来原告が支払つて来ており、被告との交渉については原告が籾山にまかせ、籾山が強硬な交渉をする便宜上自己の所有と主張したというのであり、これらをあわせ考えれば総じてまだ前記登記による推定をくつがえし、真実の所有者が籾山であるとするには十分でない。しからば本件甲地の所有者は原告であり、被告がこれを争うことは前記のとおりであるから、原告はこれが確認を求める利益があるものというべきである。

三、次に被告の本件家屋及び工作物が乙地から甲地に越境しているかどうかについて見るに、≪証拠省略≫によれば本件甲地乙地及び二四五番一の三筆は分筆前は同所二四五番宅地一五〇坪三合六勺の一筆であつたが、所有者福島においてこれを二四五番一宅地五五坪一合九勺、同番二宅地五〇坪六合(甲地)及び同番三宅地四四坪五合七勺の三筆に分割の上分譲したものであるがその際公簿上の坪数及び公図と現場における実際とは若干のくいちがいがあり、真実は実測甲地五〇坪八合五勺、乙地四五坪三合三勺が正当で、甲地と乙地の境界は別紙添付第一図面表示の(イ)(ホ)を結ぶ線であること、従つて被告所有の本件家屋中別紙物件目録第二(一)表示の部分と(二)の工作物は右境界線を超えて甲地に侵入しているものであり、これによつて被告は甲地中別紙物件目録第三記載の部分を占拠していることが認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果は前掲証拠にてらし措信できず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

しかして被告本人尋問の結果及び前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、被告は訴外福島から本件乙地を買い受けるさいその坪数は五〇坪として買い受けたものであるとの立場を持してはいたが、福島は被告の買受け分は約四四坪余と主張し、被告の抗議にもかかわらずそのように登記してしまつたのであるが、被告はその問題が結着するのをまたず、あえて昭和二七年四月ごろ被告の土地が五〇坪あるものとして当初の建築予定を実行に移したものであることが認められるから、被告として甲乙両地の境界が前記の線であるべきことについて十分の認識はなかつたにせよ場合によつてはその家屋や工作物が甲地に侵入する結果となるべきことは予見し得たものというべきであり、従つて右越境による甲地の前記部分の占拠は少くとも被告の過失に出たものといわなければならない。そして右占拠部分の相当賃料額が一ヶ月金二五円八五銭であることは当事者間に争ないから、結局被告は右部分を占拠することにより原告の所有権の行使を妨害し、かつこれにより原告に対し右割合による損害をこうむらせているものというべきである。

四、よつて被告主張の権利濫用の抗弁について判断する。

前認定の事実によれば被告の甲地への越境部分はわずか二坪三合五勺であり、本件家屋のかかつている部分はさらに僅少のもの(注一合八勺五オ)であるほか≪証拠省略≫によれば右家屋の床面積外の部分も被告がこれを勝手口及び便所の汲取口に使用しているものであること、さらに本件乙地の北東側は崖になつており、家屋をひくにしても現状のままでは十分な余地あるものといい得ないことが認められ、これに反し≪証拠省略≫をあわせれば甲地には現に籾山所有のアパートが建つており前記境界との間には一間余の間隔があることがうかがわれるから、これらの事実のみからすれば原告の被告に対する本件建物工作物の収去、土地明渡の請求は、一見原告にはさしたる必要がなく、被告にのみいたらずに犠牲を強いる観がないではない。しかし前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせて判断すれば被告は本件乙地買受の当初から前記福島との間に買受ける土地の坪数について紛争があつたのだから事前に登記簿の記載をたしかめ、さらには福島及び隣地甲地の買受人たる原告と十分接衝の上、仮りに紛争の最後的結着を得ないとしても場合によつては定められるべき境界線にかからぬよう十分のゆとりをもつてその地取りをし本件家屋を建築すべきであつたのにこれらの考慮もせずあえて五〇坪の土地ありとして本件家屋と工作物を建築したものであるから、後にいたつてその境界線が判然とし、家屋や工作物が越境する結果となつたとしても、これ被告の過失に出るものであり、いわば自ら招いたところといわざるを得ない。被告所有の乙地の北東側が崖であつて崩壊の危険があり本件家屋全体をひくのに不都合があるとしても、本来乙地全域の使用効率を高めるためには被告において崖側崩壊の危険を防止するに適当な措置を講ずべきものであり、右措置を怠りながら(原告は自己の請人部分についてい右危険防止のための工事をした)原告所有の甲地部分を占有する理由にすることは不当である。また被告は右越境部分を収去するため本件家屋全体を必ずしも移動させねばならぬものではなく、家屋の突出部分を切り、便所や押入の配置に若干の工夫をすればその要求をみたし得るものというべく、これらに要する費用もそれほど巨額にのぼるものとも解されない。しかのみならず≪証人籾山の証言及び弁論の全趣旨≫によればその後原被告間に右境部分について紛争を生じたさい、原告は義兄籾山を通じて被告に対し右越境部分二坪余を当時の時価坪二万五、〇〇〇円の割合で被告に割譲すべき旨申出たのに被告は右部分は被告の買受土地であるから二重に代金支払の要なしとして一蹴したものであり、仮りにその後の調停和解等において原告側からは右のような緩和な条件が出なかつたにせよ、これをもつて原告のみを責めるべきではない。被告は売主福島に対し乙地の売買に関し何らかの権利を主張するのは格別、甲地の正当な所有者である原告に対してそのしわよせをすべきではないのである。≪証人籾山の証言と弁論の全趣旨≫とによれば原告から甲地の使用権原を与えられた籾山は本件土地部分は現にそのアパートの通風採光に必要であり、将来は増築の予定でもあることがうかがわれるから、本件請求が必ずしも原告に十分な利益をもたらすものでないともいえないことが明らかである。以上のとおりであつてこれらをあわせ考えればいまだ原告の本件請求をもつて権利濫用なりとは断じがたいものといわなければならない。

五、しからば本件甲地が原告の所有であることはこれを確認すべく、被告は原告に対し甲地に侵入している本件家屋中別紙物件目録第二(一)記載の部分及び前記工作物を収去し、その占拠する甲地中同目録第三記載部分を明け渡し、かつ占拠の後である昭和三四年五月二日から右土地明渡ずみまで一ヶ月金二五円八五銭の割合による損害金を支払うべき義務があり、これを求める原告の本件請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないと認めてこれをしないこととし、主文のとおり判決する。

(判事 浅沼武)

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